ライスシャワーという馬の物語
宝塚記念で落馬、予後不良という悲惨すぎる結果に終わったライスシャワー。その生い立ちから運命の宝塚記念までを、厩務員川島や調教師飯塚、そして鞍上をつとめた的場均の視点でストーリーが組み立てられている。 自分はこの馬は写真でしか見たことがない。レースぶりは見てはいないが、競馬は元々好きな為この馬の存在も、悲劇の内容も知っていた。見てはこそいないものも。しかし見て無くてもなかなか楽しめる内容である。まだ名もついていないライスシャワーを見た川島の言葉は印象深い。そして何よりも、筆者自身と的場均の感情で書かれているからなかなかリアルに仕上がっている。小説ではないが、読み物としては抜群。ノンフィクションとしてのリアリティは巧い。 的場のライスシャワーに対する思いはなかなかである。「俺はこの馬と二人で一人」というのは正にその表れ。的場でなければ生かし切れなかった才能なのだろうかとも思った。 これほどドラマチック馬も少ないかも知れない。2冠馬ミホノブルボンを破り、春の盾3連覇を狙ったメジロマックイーンも破った。それからトンネルにはまるものも、7歳(現6歳)の春の盾を僅差での奪還。オグリキャップやトウカイテイオーもそれなりではあるとはいえ。そしてその先にある悲劇というものが悲しすぎる。 ライスシャワーが逝った宝塚記念当時自分は学生にすらなっていない年齢。キーストンの阪神大賞典は見たことがあるのだが、何度見ても山本に歩み寄るシーンは実況の言葉を借りると感無量。ライスシャワーのときの反響がどのようだったのかは知らない。しかし、このような馬が居たと言うことを忘れてはいけない。記録だけではなく、一つの「記憶」として定めておくべきである。宝塚記念のレース中の描写は省いているとは言え、そういう風に柴田哲孝は言いたかったのだろう。あとがきが証明している。そういうことだ、と。
決して忘れたくない「物語」
淀に咲き、淀に散った最強のステイヤー、ライスシャワー。その非業の死によって、彼の名前は競馬ファンの心に強く刻まれるものとなった。この本はライスシャワーの生涯を追い、その悲劇を綴った物語であるのだが、それだけではない。私が読んでいて感心したのは、筆者がライスシャワーの悲劇を単なる「かわいそうな話」として終わらせず、一頭の馬に対して敬意をもって、つねに真摯な態度でその姿をとらえている点と、競走馬の一生をまさに「物語」として描き、ひじょうに優れた構成によってそれらをまとめ上げている点である。 物語は全五章で構成されている。「誕生」「開花」「栄光」「挫折」「復活」。これ以上なく明快で、かつ、ライスシャワーの一生を的確に表している章題である。その中で、ライスシャワーと、彼を取り巻く人々とが過ごした時間を追いかけながら、物語は展開されていく。中でも、担当厩務員とライスシャワーの心の触れあいを描いた部分はとても印象的だ。筆者の綿密な取材の為せる業だろうか。そして特に、本編のラストシーンの描写には心に強く迫ってくるものがある。私は涙をこらえずにはいられなかった。 この本にはサブタイトルが付けられている。「人のために生き人のために死す」。競馬ファンが競馬ファンで居続ける限り、向き合っていかねばならないこと。筆者が、そしてライスシャワーがわれわれに残したメッセージとは一体何なのだろう。私にはその答えはまた分からないが、この世にライスシャワーという馬がいたということ、そして彼がこの世に生きた「物語」があったということは、いつまでも心の隅にとどめておきたいと思っている。
祥伝社
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